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「愛着障害」と「Monster」と「怪物」と-垂水区|たかの発達リハビリクリニック

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No.04
2023.09
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-「愛着障害」と「Monster」と「怪物」と-

前回に続いて「愛着障害」についてもう少しだけ述べます。
「愛着障害」を語るときに必ず例に挙げられるのが、チャウシェスクのこどもたちとそのこどもたちを対象とした「ブカレスト早期介入プロジェクト」研究です。

 

ニコラエ・チャウシェスクは、社会主義国家時代のルーマニアで24年間にわたり君臨した独裁者として知られています。当時のルーマニアは貧しい国で、経済生産性を増やしたいと考えたチャウシェスクはとにかく、人口を増やすことを計画しました。
こどもの数を増やすために、出産を奨励する法律を定めました。中絶と避妊が禁止され、こどもが2人以上いる家庭には給付金が支給されましたが、4人以下の場合には課税されました。「メンストゥルアル・ポリス(月経警察)」が、妊娠可能年齢の女性がちゃんと妊娠しているかどうか、または子育て中かどうか、などを毎月調べてまわったそうです。
この法律により、出生率は、大きく上昇しましたが、各家庭にはそれを養っていくだけの経済力がなく、こどもたちの多くは孤児院(今の児童養護施設)にあずけられることになりました。こうして、孤児院は実際の孤児ではない孤児によってあふれかえり、食料や暖房も不足した状況で、数の足りない職員による暴力的な管理が行われていたようです。
国家の目的は、労働力の確保でしたので、孤児たちは3歳、6歳時に選別され、働き手となりうる子供たちには衣服、靴、食品が与えられ、一部は学校で教育を受け、そこからふるい落とされたこどもたちは、さらに劣悪な施設へと移され、ひどい扱いをうけました。

 

1989年ルーマニア革命により、チャウシェスク政権が打倒されると、糞便まみれの部屋に多くの痩せこけたこどもたちがいることが明らかになりました。
その正確な実態は不明ですが、1989年当時に孤児院に収容されていたこどもの数は、10万人とも17万人とも言われています。チャウシェスク政権時代全体を合計すると約50万人にのぼるとも言われています。
そして、今度はそれらのこどもが街中にあふれることになり、行き場所のないストリートチルドレンとして生きていくことになりました。首都ブカレストの下水道で暮らし、「マンホールチルドレン」と呼ばれた彼らについては、映画「チルドレン・アンダーグラウンド」にも詳しくえがかれています。
もちろん、これらの実態が西側諸国にも知れ渡ることとなり、国際養子が推奨され、多くのこどもたちが海外に引き取られていきました。しかしながら、それに伴う違法行為も多発し、2004年に国際養子が禁止されることになりました。以降も、この問題がすぐに解決されるはずもなく、重く苦しい歴史はまだ続きました。

 

「ブカレスト早期介入プロジェクト」は、このチャウシェスクの落とし子とも呼ばれる、ルーマニアの孤児を対象とした研究です。施設でずっと暮らしたこどもと里親に引き取られたこどもとの間で、身体的発達、知的能力、言語能力、脳MRI、脳波、情動反応、愛着、メンタルヘルス等、多項目に渡って比較検討を行っています。
下記はその中の一例ですが、知能指数(IQ)や愛着の安定性に関して、施設養育群と里親養育群で差があるのがわかります。また、これらの差は、里親が生後24か月までにその子を引き取った場合に顕著であり、それ以降では、差は小さくなったり、なくなったりしています。
もちろん、これは、非常に劣悪な環境で不適切な施設療育がなされた例についてのことであり、通常の施設療育の話ではありません。2歳以降に愛着が形成されないというわけではありませんが、幼少時の不適切な生育により、愛着が形成されず、精神的に不安定となり、知的にも遅れを認めるということです。

追跡調査時の里親養育軍(FCG)と施設養育軍(IG)のIQスコア
愛着の安定に対する介入の効果(42カ月)

話は変わりますが、浦沢直樹さんに「MONSTER」という漫画があります。人並外れた頭脳と出会った人誰もを取り込む魅力を持ちながら、人としての心をもたず殺人をくり返すモンスター、ヨハンをめぐる物語です。
彼は、東ドイツの孤児院「511キンダーハイム」で行われた、こどもの人格を改造し優秀な戦闘員をつくるという実験の最高傑作ともいえる存在ですが、この設定と愛されなかったこどもはどうなるかというプロットは、明らかに、ルーマニアの孤児院をモデルとしていると思われます。この漫画は、1994年から2001年に渡って連載されたもので、「ブカレスト早期介入プロジェクト」が開始されたのは、2000年であり、複雑性PTSDの言葉もなかった当時を考えると、浦沢直樹の天才ぶりがわかります。

 

最後にもう一つ、Monsterからの怪物つながりですが、先日、カンヌ映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した「怪物」という映画を観に行きました。カンヌ映画祭にLGBTQを対象とした賞があることも知らなくて驚きましたが、いろいろ考えさせられるおもしろい映画でした。種々の重いテーマを含むストーリーにいくつかの挿話が絡みあう複雑な作りになっており、一度見ただけでは理解はむずかしく、私も全然理解していないと思います。 詳細はネタバレにもなるので、触れませんが、遠い昔に、芥川龍之介の「藪の中」を読んで、世の中の真実や正義はこういうことなのかと感動したのを改めて思い出しました。誰もが心の闇や怪物を抱えて生きていくのは、異常なことではありませんし、悪いことでもないと思います。

 

-今月の一曲-



今回は、浦沢直樹さんをちょっと取り上げましたので、浦沢さんの作品のタイトルでもあるT・レックスの「20th Century Boy」をと思ったのですが、映画「怪物」のことを書いていて、これも入れたくなりました。back numberの「bird's sorrow」です。
ということで、今月はこの2曲です。
「20th Century Boy」はいつ聞いてもカッコイイですし、「Bird's Sorrow」はback numberの最高傑作ではないでしょうか。
いつでもどっかで誰かが泣いていて、その隣ではだれかが笑っています。これが世の中です。

 

20th Century Boy

 

Bird's Sorrow - YouTube

 

参考文献

1. ネイサン・A・フォックス.乳幼児期の施設養育がもたらす子どもの発達への影響について “チャウシェスクの子どもたち”~ブカレスト早期介入プロジェクト(BEIP)からの教訓~:

2. チャールズ・H・ジーナ.乳幼児の養育にはなぜアタッチメントが重要なのか~アタッチメント(愛着)障害とその支援~

 

著者 たかの発達リハビリクリニック 
院長 高野 真

小児神経科・リハビリテーション科・児童精神科
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