医学部の学生(あるいは、医者になりたて)の頃に、患者さんに病状を説明するのに、専門用語はできるだけ使わずに、平たい言葉でわかりやすく説明しましょう、というようなことをよく言われました。
もちろん、わかりやすく説明するというのは当然のことですが、医者になってからは、少し違うなと思うようになりました。
よく使う、それ程むずかしくない専門用語は患者さんにも知ってもらう方がいいと思うようになり、わざと医学用語を使っていました。
慢性的な病気や慢性疾患でなくても、感染症のようにくり返し起こす可能性のある病気の場合、今後、何度も病気や病状の説明受けるので、ある程度、専門的な医学用語などを覚えてもらい、知識や意識を共有しておいて方がいいと思ったからです。
医師によって異なった説明の仕方をすることも多いので、医学用語に慣れておいた方が対応ができるし、患者本人が病気について調べるときも、専門用語を知っていて、医学的な言い回しに慣れておいた方が便利だと思ったからである。
例えば、「予後」という言葉は今では普通に使われるような言葉になっていますが、以前はそれほど一般的ではありませんでしたが、私は積極的に使っていました。確かに、一般的な言葉になってくると、正しい言葉の意味とは少しずれてくるという弊害もあり、「予後」とは「余命」であると理解されている方が多いように思います。でも、医者でも、「予後」と「転帰」を混同している人がいるので、それくらいいいのではないかと思っています。
一方、わかりやすいとされている言葉、よく知られている言葉でも使いたくない言葉というのもあります。単純に、私が天邪鬼なだけかもしれませんが、今、流行りの言葉に多かったりします。
曰く、「寄り添う」、「こどもの気持ちに寄り添って」、曰く、「ねぎらう」、曰く、「自己肯定感」、曰く「自己評価が下がる」、曰く、「生きづらい」
これらの言葉は、私は、普段の生活でも、患者さんへの説明でもなるべく使いたくないと思っています。
なんか、嘘くさいですよね、こういう言葉って。また、こういう言葉を使うと何かわかったような気になるのだけど、実は、何もわかっていない。逆に本質が見えなくなったり、大事なところから離れていってしまうような気がします。
「自己肯定感」というと何かわかったような気になるのですが、自己肯定感が高いのがいいのか、自己肯定感が低いのが悪いのか、いや、「自己肯定感」が高いとか低いとかあるのか。そもそも、「自己肯定感」とは何ぞや、わからないことだらけですが、「自己肯定感」が、「自己効力感」や「自己有用感」のように使われている感があります。これはちょっと違うようには思います。
自分とは何か、自分は存在していい人間なのか、ありのままの自分を受け入れるってどういうこと、そういうことを考えても、堂々めぐりです。人間は社会的存在である以上、自己の存在を肯定することは、世界の中にいる自分を肯定するということです。というかその視点がないと、自己肯定にはつながらないように思います。
つまり、世界を肯定する気持ち、世界を肯定する力を身につけるのがいいのではないかと思います。ということで、「自己肯定感」から「世界肯定感」へ、でどうでしょうか。
「寄り添う」という言葉を使わずにいかに寄り添うことを表現するかが大切だと思います。 「愛している」と言うのに、「愛している」とは言わずに、「月がきれいですね」と言うという話があるそうです。
由来は、夏目漱石だそうですが、英語教師でもあった夏目漱石が、学生が「I Love You」を「我君を愛す」と訳したところ、日本人はそれほど直接的な愛の表現をしない、「月がきれいですね」くらいに訳すのがいいと言ったそうです。
夏目漱石関連で、実際にこのような記載は残っていないので、これは作り話だと思いますが、「こどもの気持ちに寄り添う」には、「月がきれいですね」というような気持ちが必要かもしれません(ちょっと何言っているかわからないですけど)。
こういう日本人の曖昧表現はよくない、明確に言語化しなければ駄目です、とかよく言われたりしますが、それは確かにその通りだと思います。でも、ネットとかみると、「月がきれいですね」という言葉に対する、さらに曖昧な返しの言葉もいろいろあるようです。
まあ、私が妻に、「月がきれいですね」とか言えば、何言うてんのこの人みたいな反応で終わるでしょうが、「愛してるよ」とか言おうものなら、え、頭おかしくなった、どうする、と大騒ぎされるでしょうから、やはり、「月がきれいですね」の方がいいのかもしれません。
「たとえば 世界中が どしゃ降りの雨だろうと ゲラゲラ 笑える 日曜日よりの使者」
著者 たかの発達リハビリクリニック
院長 高野 真
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